「ある日妻が突然”発芽”した」森があふれる(彩瀬まる)のあらすじ(ネタバレなし)・感想

作家の夫に小説の題材にされ続けた主婦の琉生はある日、植物の種を飲み発芽、広大な森と化す。夫婦の犠牲と呪いに立ち向かった傑作。

森があふれるの作品情報

タイトル
森があふれる
著者
彩瀬まる
形式
小説
ジャンル
SF
ファンタジー
ジェンダー
執筆国
日本
版元
河出書房新社
初出
不明
刊行情報
河出書房新社
受賞歴
第36回織田作之助賞最終候補

森があふれるのあらすじ(ネタバレなし)

作者

彩瀬 まる あやせ・まる(1986年 – )

小説家。千葉県千葉市生まれ。上智大学文学部卒業。2010年「花に眩む」で女による女のためのR―18文学賞読者賞を受賞しデビュー。2016年「やがて海へと届く」で野間文芸新人賞候補、2017年「くちなし」で直木賞候補、高校生直木賞受賞。

森があふれるの刊行情報

  • 『森があふれる』河出書房新社、2019年8月8日

森があふれるの登場人物

埜渡徹也
夫。小説家。浮気をしている。

埜渡琉生
妻。ある日突然発芽する。

森があふれるの感想・解説・評価

突拍子もない設定から始まる人間関係を描いた小説

物語の中心にいるのは一組の夫婦。私小説が話題になるなど小説家として活躍する夫・徹也と妻の琉生だ。しかし実は夫は浮気しており、夫に失望した妻は草木の種ばかりを食べ続け、ついに妻は”発芽”してしまう。そして部屋の中はさながら森になってしまう。

このあらすじを聞いてカフカの『変身』を思い描いた人も多いだろう。ある朝突然目覚めたら虫になっていた男を描いた不条理劇だ。だが、そのような不条理劇を想像して読み進めていくが、そんな突拍子もない設定なのに、物語はあくまで現実的だということに気が付かされる。

気ままに暮らす夫、自分の気持ちを主張しない妻、なんでもないような編集者。登場人物たちの姿は強い違和感を覚えるものだ。

だが、本作で描かれるのは、人とのコミュニケーション、理解しあうこと、受け入れること、寄り添うことだ。誰しもが日常的に行おうとしていることだが、なかなか難しいことでもある。

違和感を覚える登場人物たちの姿は、日常生活の中で、人とコミュニケーションを取りたがらず、自分の属する社会以外の人たちを攻撃し、理解を示さない僕らの姿なのかもしれない。

彩瀬まるらしい突拍子も無い設定で始まる本作は、読み終わってスッキリとさせられる小説ではない。むしろモヤモヤとしたものが心に残るはずだ。そんなときには、登場人物たちと自分たちの姿を重ね合わせてみるのもいいかもしれない。とくにSNSに書き込むときなんかぴったりだろう。

「男性らしさ」「女性らしさ」というジェンダー論

作中では、人間の関係や距離感が描かれる。その中でもジェンダーの問題は大きなテーマの一つになっている。

「男性らしさ」「女性らしさ」というものが僕らの社会ではごく自然に存在している。あまりに自然すぎて、気が付かないほどだ。そういう無意識のうちにを強要させられている「らしさ」も描かれている。

妻が発芽して森になるというSF・ファンタジー的な序盤から、中盤からは性的役割やジェンダーというものにページが割かれてくる。それらの描写は、自分の中にも性的役割や「らしさ」について多くの偏見や問題が深く根付いていることを教えてくれる。

だが後半になるにつれ、徐々にジェンダーに対する作者の考えが滲んでくるような感覚を覚えた。小説で描かれる夫婦は僕らの中に根の深い問題があることを教えてくれるが、それらは僕らが自ら気付くべきことであって、作者から与えられるものではないだろう。

だが、この小説は突拍子もない設定とそこで綴られる現実的なテーマを抱えている。このアンビバレントさが大きな魅力を持った小説であることには間違いない。

合わせて読みたい本

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別れた愛人の左腕と共に暮らす人物を描いた「くちなし」、好きな相手の身体に自分だけが見える花が咲く「花虫」など、独創的な設定の小説を集めた短編集。

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骨を彩る

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森があふれるの評判・口コミ・レビュー

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