【おすすめ】加賀乙彦の全作品を一覧であらすじを紹介します

加賀 乙彦 かが・おとひこ(1929年4月22日 – )

小説家、医学者。日本芸術院会員、文化功労者。東京府東京市芝区三田生まれ。東京大学医学部卒業。1968年、長編『フランドルの冬』の第一章を太宰治賞に応募し、候補作として『展望』に掲載される。その後全体を刊行し芸術選奨新人賞を受賞した。1973年、『帰らざる夏』で谷崎潤一郎賞を受賞。

おすすめ作品ランキング

長い記事なので、先におすすめランキングを紹介します!

  • 1位:宣告
  • 2位:永遠の都
  • 3位:雲の都

作品年表リスト

『フランドルの冬』(1967年)

フランス北部に広がるフランドル地方のサンヴナン精神病院に勤務する日本人留学生コバヤシの精神科医としての日常を描く、著者自身の留学経験をベースにした長編処女作。1967年に発表され、芸術選奨新人賞を受賞。精神を病んだ患者たちとの想像を絶する日々―それは正に過酷そのものだった。若い看護婦との同棲や、フランス人医師たちとの交流は深まるものの、コバヤシは青空が殆どないフランドルの空の下、自己と患者との境界を踏み越えて正気と狂気の間をさまよい始めるのだった。

『風と死者』(1969年)

『文学と狂気』(1971年)

『荒地を旅する者たち』(1971年)

『夢見草』(1972年)

『帰らざる夏』(1973年)

省治は、時代の要請や陸軍将校の従兄への憧れなどから100人に1人の難関を突破し陸軍幼年学校へ入学する。日々繰返される過酷な修練に耐え、皇国の不滅を信じ、鉄壁の軍国思想を培うが、敗戦。〈聖戦〉を信じた心は引裂かれ玉音放送を否定、大混乱の只中で〈義〉に殉じ自決。戦時下の特異な青春の苦悩を鮮烈に描いた力作長篇。谷崎潤一郎賞受賞。

『ドストエフスキイ』(1973年)

『虚妄としての戦後』(1974年)

『異郷』(1974年)

『現代若者気質』(1974年)

『あの笑いこけた日々』(1975年)

『黄色い毛糸玉』(1976年)

『頭医者事始』(1976年)

『仮構としての現代』(1978年)

『宣告』(1979年)

全員が殺人犯のゼロ番囚たちは拘置所の二階に収容されている。死刑宣告をうけた楠本他家雄は、いつ「お迎え」がくるか怯えている。女を崖から突き落とした砂田の暴力、一家四人を殺した大田の発作、そして他家雄の奇妙な墜落感等、拘置所の医官で若い精神医の近木は丹念に見廻る。
生と死の極限で苦悩する死刑確定囚たちの拘禁ノイローゼの実態を抉り出した現代の“死の家の記録”。全三巻。

『私の宝箱』(1979年)

『死刑囚の記録』(1980年)

一九五四年、松沢病院の医師として一人の殺人犯を診察したときが、著者の死刑囚とのはじめての出会いであった。翌年、東京拘置所の精神科医官となってから、数多くの死刑囚と面接し、彼らの悩みの相談相手になることになる。本書では著者がとくに親しくつきあった人たちをとりあげてその心理状況を記録する。極限状況におかれた人びとが一様に拘禁ノイローゼになっている苛酷な現実を描いて、死刑とは何かを問いかけ、また考える異色の記録。

『頭医者青春記』(1980年)

『見れば見るほど…』(1980年)

『イリエの園にて』(1980年)

『犯罪』(1980年)

『生きるための幸福論』(1980年)

『犯罪ノート』(1981年)

『作家の生活』(1982年)

『戦争ノート』(1982年)

『錨のない船』(1982年)

1941年、アメリカの厳しい経済制裁で資源確保が困難化、進退窮まる日本。武力解決を訴える勢力の圧迫を受けつつも、ワシントンに飛んだ来島平三郎特命全権大使は、妻の故郷アメリカとの開戦回避の道を懸命に模索していた。だが、ルーズヴェルト大統領、ハル国務長官を相手の交渉は難航、だましうちのように真珠湾攻撃が敢行されてしまう――。戦争に翻弄される外交官一家の肖像をつぶさに描く傑作長篇。

『頭医者留学記』(1983年)

花の都はパリ大学の精神医学教室に留学した少壮精神科医。そこに待ちうける多事多難、青春喜劇の数々。―個性豊かな留学生仲間との交遊、アラビア王家の血筋をひくスペイン娘との恋。陰鬱な北フランスの冬。そして、盗難、自動車事故。自伝ふうユーモア小説“頭医者シリーズ”3部作完結編。

『残花』(1984年)

『くさびら譚』(1984年)

『湿原』(1985年)

大学紛争が激化した時代、人生の大半を獄中で過ごした中年の整備工が心病める女子大生と愛し合う。T大紛争に女子大生が参加した直後、二人は新幹線爆破事件の容疑者として捕われる。なぜ罠にはめられたのか、冤罪を晴らすための二人の闘いが始まる。人間にとって魂の救済と愛の意味を問い続ける感動の長編小説。

『スケーターワルツ』(1987年)

幼い頃からフィギュアスケートに賭けてきた美也子は、いま大学生となって全日本選手権をめざしている。トリプルジャンプのための減量。恋人との葛藤。少女がであう、身体と精神と感情の揺れをみごとに描いた人間ドラマ。

『キリスト教への道』(1988年)

はじめて語る出会いから洗礼まで。あるとき遠藤周作氏から言われた、「きみはカトリックの無免許運転をしているね」それは無免許運転であるために、どこか遠慮がちで煮えきらず、おそるおそるしか進めない私の気持ちをうまく言い当てていた。私は思ったのだ―よし、それならば免許を取ってやろうと。

永遠の都(1988年)

元海軍軍医の時田利平は、大正2年、三田綱町に開業。外科医の名声と妻菊江の実務で、時田病院は驚異的に拡張している。昭和10年、利平の長女で3人の男児の母親の初江は一高生の甥と密通し、次女夏江は陸軍中尉・脇敬助との結婚を諦めた…。

『母なる大地』(1989年)

ソ連・ポーランド・ブルガリア・ルーマニア・ユーゴスラビア・ハンガリー・チェコスロバキア・東ドイツ。若きの日に旅をせずば老いての日に何をか語る。日常の定点から自身をはずし、異物に衝突し人と事物を観察、出会いと発見の東欧紀行。

『ゼロ番区の囚人』(1989年)

死刑判決に対する控訴を拒否し、刑の執行を望む村井晋助。監獄医中川らの目から見ると、彼は拘禁ノイローゼによる被害妄想のように思われる。しかし愛人菊江の目にはまた別の姿が…。“死”を欲する彼の真意はどこにあるのか。やがて訪れる主人公の意外な終末。死刑囚と監獄医の葛藤を描いた表題作の他、刑務所を看守の目から描いた「制服」、孤独な死刑囚の独白「夜宴」の2作を収める。

『ヴィーナスのえくぼ』(1989年)

エリート商社員の夫と有名私立小に通う息子。一見めぐまれた家庭でありながら、息子のいじめと夫の無関心、大都会のやりきれない人間関係の中で、次第に倒錯した性の悦楽にのめり込んでゆく奈々子。本当の幸福とは、家庭とは…。繁栄の時代の影を浮き彫りにする異色の長篇。

『ある死刑囚との対話』(1990年)

『海霧』(1990年)

幕末の佐賀に生まれた幸吉は、米問屋に奉公に出るが、「新しい時代の産物」石炭に魅せられ、坑夫となってエゾ地へと渡る。広大な未開の地にあって、己の力と才覚で新しい人生を切り開いていくのだった・・・。幕末から明治、昭和へと、激動の時代をひたむきに生きた著者の血族を描いた物語。吉川英治文学賞受賞。

『生きている心臓』(1991年)

幸せな花見の後、天木家を不幸が襲った。主の有作が交通事故で脳死となったのである。精神科教授であり、敬虔なクリスチャンであった彼は、死後の臓器の提供を書き残していた。妻の蝶子は遺志を継ぎ、胸部外科蒲生助教授に申し出た。覚悟を決めた蒲生は、瀕死の心臓病患者に、密かに移植手術を行った。

『脳死・尊厳死・人権』(1991年)

臓器移植、末期医療、病院における患者の人権そしてマスコミの人権意識。

『悠久の大河 中国紀行』(1991年)

人間の大地を歩く。発見の楽しさあふれる中国・歴史と文化への旅。

『私の好きな長編小説』(1993年)

『日本人と宗教』(1996年)

生と死、脳と精神、いじめと人権、宗教と政治、解きがたい人事の葛藤、人間の織りなすさまざまないとなみ、その内面の劇に眼をこらす十八の対話。

『生と死と文学』(1996年)

20世紀も終わろうとしている現在、阪神大震災や地下鉄サリン事件など最近の世相は殺伐としている。戦後の日本がめざしてきた高度成長、技術革新とは何のためであったのか。この二つの問いに答えるエッセイ集。

『鴎外と茂吉』(1997年)

鴎外、茂吉、杢太郎、秋桜子といった、医師でありなおかつ文人であった人の心とはどんなものか。小説、短歌、詩、俳句の領域で一流だった彼らを、医学という領域からも解き明かす。

『聖書の大地』(1999年)

エジプトからモーセを偲んでシナイ半島へ、イエスを思いイスラエルへ、伝道の使徒たちを追ってヨーロッパへ、そしてザビエル生誕の地へ。聖書に刻まれた土地を旅して、芸術と文化、思想と信仰とを語る。旧約・新約聖書ゆかりの地を訪ねる思索の旅。

『高山右近』(1999年)

本能寺の変と明智討伐。禁教令を布く秀吉への高槻城開城。前田家に身を寄せた後、家康からの国外追放。戦国の世に<清廉にして智の人>として刻まれるキリシタン大名・高山右近。すべてを捨て、信仰を貫いたその生涯を渾身の筆致で描く。カトリック教会「福者」に列福した殉教者の揺るがざる魂とは。*「福者」 死後、徳と聖性を認められた信者に、カトリック教会より与えられる称号。

『雲の都』第1-5部 (2002年 – 2012年)

昭和27年、一代で三田に外科病院を築いた祖父時田利平はすでに亡く、一族の長老、政治家の風間振一郎も急死した。東大の医学生悠太はセツルメントに関わっており、後に“血のメーデー”と呼ばれるデモに参加して負傷する。妹央子はヴァイオリンの才能を認められパリに滞在している。占領が解かれ、混乱しつつ復興する東京を舞台に、外科病院一族の戦後を描く、待望の『雲の都』第一部。

『夕映えの人』(2002年)

夕映え…。それはあたりが薄暗くなる夕方頃、かえって物の色などがくっきり美しく見えることをいう。人生の夕映え、老後をいかに有意義に過ごすか。明治生まれの両親の死後、四人兄弟のそれぞれの家庭の日常を通して、充実した老後とは何かを描く長編小説。

『ザビエルとその弟子』(2004年)

日本に初めてキリスト教を伝道したフランシスコ・ザビエル。中国への布教を熱烈に夢見ながら、目前のサンチャン島で熱病に斃れた彼の最晩年を、3人の弟子を通じて描く。貴族出身で現世的なフェレイラ、日本人のアンジロウ、そして最期を看取ったアントニオ。聖ザビエルの激しい魂が活写された、衝撃作。

『小説家が読むドストエフスキー』(2006年)

十九世紀ロシアを代表する作家ドストエフスキー。二十一世紀の今日なお読者を魅了してやまない作品の現代性の秘密はどこにあるのか…。長編小説の名手、作家加賀乙彦が『死の家の記録』『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』の五作品をテキストに、小説の構造、伏線の張り方、人物の造型法などを読み解く。小説に仕掛けられた謎や隠された構造を明らかにするとともに、ドストエフスキーの宗教的な主題に光を当てた画期的な作家論、作品論である。

『悪魔のささやき』(2006年)

人は意識と無意識の間の、ふわふわとした心理状態にあるときに、犯罪を犯したり、自殺をしようとしたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりする。その実行への後押しをするのが、「自分ではない者の意志」のような力、すなわち「悪魔のささやき」であるー。精神科医、心理学者、そして作家として半世紀以上にわたり日本人の心を見つめてきた著者が、戦前の軍国主義、六〇年代の学園闘争、オウム真理教事件、世間を震撼させた殺人事件など数々の実例をもとに、その正体を分析。拝金主義に翻弄され、想像を超えた凶悪な犯罪が次々と起きる現代日本の危うい状況に、警鐘を鳴らす。

『不幸な国の幸福論』(2009年) 

精神科医、心理学者でもある作家が「幸せになれない日本人」の秘密を解き明かし、幸福になるための発想の転換法を伝授する。追い求めている間は決して手にいれることのできない「幸福」の真の意味を問う、不幸な時代に必読の書。

『科学と宗教と死』(2012年)

昭和四年に生まれ幼い時から戦争の時代を生きてきた著者。第二次大戦後も死刑囚と接する拘置所の医務技官として、また作家として、常に人間の生と死に向き合ってきた。子どもの頃は怖ろしい存在であった死が、医務技官として接した死刑囚の信仰心によって劇的な変化を遂げたこと。キリスト教の信者になってさらに死への考えを深めたこと。七九歳で突然迎えた最愛の妻の死。そして八一歳の時に心臓が停止して死の淵をさまよったこと。医師・作家・そして信仰の徒としてのこれまでの人生と、その中で続けてきた死についての思索の軌跡を率直につづる。

『加賀乙彦 自伝』(2013年)

私は『永遠の都』『雲の都』を書くために作家になったような気がします。―二・二六事件の記憶、陸軍幼年学校における敗戦体験、医学生時代のセツルメント運動、東京拘置所の医務部技官時代、犯罪学・精神医学研究のためのフランス留学、『宣告』のモデル・正田昭との交流、キリスト教の洗礼…自らの生きてきた八十余年の歩みを注ぎ込んだ九千枚におよぶ大河小説、その“詩と真実”を初めて明かした、語り下ろし自伝。

『ああ父よ ああ母よ』(2013年)

一九四九年に建国された中華人民共和国は、大国となるため、農村からの革命による経済発展をめざす。家族のささやかな願いを破壊し尽くした、革命運動と階級闘争、粛清。不遇の内に死んだ父、故郷を追われた老齢の母。妻や子とも引き裂かれ、社会主義強国を築くために過酷な労働を強いられる。独裁体制による政治の嵐が吹き荒れた絶望の時代に、幾たびも翻弄されながら生き抜いた、ひとりの人間の物語。

『日本の古典に学びしなやかに生きる』(2015年)

日本の古典には今に通じる生き方のヒントがあります。――『方丈記』幸福は富にはない、心にあるのだ。よけいなものを捨てれば心は豊かになる。/『徒然草』大事なことを先延ばしにしてはならない。「ただ今」を大切にして次はないと思え。/『努力論』人と分かち合うほど福の量は大きくなり、人に愛され、運を上げることもできる。/『養生訓』長生きするためには何事もほどほどに。長生きしなければ人生の楽しみもわからない。/作家・加賀乙彦が人気のある古典を独自の視点で読み解き、そこに秘められたしなやかに生きるためのヒントを紹介する。古典の新しい魅力が浮き彫りに!

『殉教者』(2016年)

信じるもののため、不可能を超えた日本人がいた――。キリシタン迫害の嵐が迫る江戸初期、徒歩と海路で5万3000キロを旅して聖地エルサレムに到達、ローマ法王に認められたペトロ・岐部・カスイは、死の危険を知りながら帰国し殉教した。苛烈な信仰に生きた男の生涯が荒廃した現代を照らす、著者渾身の書下ろし長篇小説。

この記事を書いた人
右手

平成生まれ。ライター、ブロガー、文筆家志望、Twitterで書評を書いている人。読んだ本が1万冊を超えたことを機に2017年からブログ再開、2020年は戦後思想史を勉強しつつ小説を書いています。好きな作家はカフカ、ガルシア=マルケス、村上春樹、大江健三郎、庄司薫、佐藤泰志など。そのほか、ラテンアメリカ文学、英ロック、欅坂46、囲碁、宮下草薙も好きです。
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